毎年、誕生日付近になると未智はなんとも言えない心持ちになる。たのしみと、緊張と、不安と、自信とがマーブル状に混じったような。それは25歳の時も、もうすぐ55歳を迎える今も変わらない。鏡を見て、さあ今年はどうしようかと頭をひねる。
リビングを見渡して、壁一面の本棚の中にある、オリーブ色の上製本のアルバムを取り出した。もう、30年目になるのか︙︙。
未智は25歳の時から年に一度、誕生日月に写真家に写真を撮ってもらっている。なんとなく始めたこの定点観測の習慣が、今でも続いているのだ。ページをめくると、そこには若かりし頃から去年までの未智が1枚ずつ収められている。
25歳は、仕事に恋愛にとがむしゃらに生きていた時期で、髪の毛は短いウルフカット。
夫と出会った28歳は、オレンジ色の髪がマイブーム。彼とはその髪色を褒めてもらったことがきっかけで仲が深まったのだった。33歳は息子がお腹の中にいて、唯一「2人」で写っていた。髪の毛は、メンテナンスする余裕もなく切りっぱなしの黒いボブカット。出産、子育てに奔走した34歳から40歳あたりは、色や髪型が毎年コロコロ変わる。子育てで大変な中、自由な気持ちを取り戻したくて、なんとか時間を見つけて髪型を変えに行った。
そして、47歳。自分に時間をふたたび使えるようになり、表情にも余裕が見える。茶髪の短いショートカットは意外にキープするのが大変で、その髪型は、生活の余白の表れだ。
アルバムを見返して、未智はいい人生を歩んできたな、と思う。中には苦しい時もあったけれど、それもすべて、まるっと含めて。
写真には、祈りや願いが写し出される。そして髪の毛にはそれが色濃く反映される。髪の毛は、「どんな自分でありたいか」という願いがもっとも手軽に叶えられる表現手段なのだと未智は思った。一年を象徴する一枚の写真のために、未智はいつも誕生日が近づくと、自分と、髪と向き合う。
55歳になるいま、人生は後半戦に入り、還暦も見えてきた。でも、まだまだこれから。いつまでも自由で、変わることを恐れない。そんな人生への賛美を携え、今年の髪型を決めよう。
未智はアルバムを閉じ、ふたたび鏡の中の自分を見つめた。
あかしゆか
1992年生まれ、京都出身。大学時代に本屋で働いた経験から、文章に関わる仕事がしたいと編集者を目指すように。 現在はウェブ・紙問わず、フリーランスの編集者・ライターとして活動をしている。2020年から東京と岡山の2拠点生活をはじめ、2021年4月、瀬戸内海にて本屋「aru」をオープン。