人は生きながらにして生まれ変わる。骨は五カ月、血は四カ月でまったく新しい細胞に生まれ変わるというのに、半年経っても私は何も変わらない。そのことがとてつもなく退屈で、耐えられない。だから私は毎月、髪の色を変えている。新しい色に染まると、違う自分になれる気がした。けれど、今月はどんな色を思い浮かべても、身体は鉛を孕んだように重いままだ。たかが髪の色だと思われるかもしれない。けれど私にとっては、日々を生き抜くうえで必要不可欠なものだった。何か迷っていることがあるとき、私はある場所を訪れる。
その場所があるのは都心の公園を抜けた先だ。春には薄ピンクの花びらが舞い、夏は濃い緑の葉が木漏れ日をつくり、秋は葉が赤く色づいて、冬は葉を落とした枝の隙間から、乾いたブルーの空が見える。都市のノイズが消え去る結界のような公園は、私に森を想わせた。
季節が移ろっても、白いカントリー調の建物はいつも変わらずそこにある。ウォルナットカラーのドアを押すと、マキさんはいつものようにお茶を飲んでいた。
「いらっしゃい」
そう言って、親戚の子どもを家に招き入れるように席へと案内してくれる。この場所についてどう説明したら良いのだろう。予約制のカフェのようで、カウンセリングルームのようで、占い館のようでもある。看板がなく、何にも分類できないようなところも、その場所が私がその場所に心を寄せられる理由の一つである気もしていた。
「今日はどうしたの」
肩のあたりできれいに切り揃えられたグレーの髪に、季節を問わず変わらない全身黒のコーディネート。自分のスタイルを貫く、その孤高の女性のことを、私は密かに魔女と呼んで憧れていた。厳しいことを言うわけではないけれど、心の奥を見据えてくるまなざし。彼女の前では、私はいつも嘘がつけない。
「何かあったみたいね」
そう言って、魔女は私の瞳の奥を覗き込む。まるで動脈にメスでも刺されたかのように、溜め込んできた感情がドクドクと流れ出した。
変わらない毎日にいよいよ嫌気が差していた。同じ家、同じ職場。身近な知り合いが結婚したり、転職したりする中で、私には何にもなかった。何が好きなのかわからないから、何に向かって努力すればいいのかもわからない。誰かに誘われれば、大して仲が良くもないのに飲みに行ってくだを巻き、素敵な服を買って、時間とお金を浪費する。髪色を毎月変えることも日々を生き抜くための決死の息継ぎだった。けれど、それももう限界だった。
何もかも、リセットしたい。
そう思った瞬間、黄金色が瞼の裏を染めた。
「さて、答えは出たかしら?」
そのまなざしは、店に着いたばかりのときよりも、ずっとやわらかい。
「そんなことでと思われるかもしれないのですが、今月の髪色について悩んでいたんです。新しく色を入れるのは今は違う気がして。だから、ブリーチすることにしました」
「脱色、とてもいい選択ね」
マキさんはそう言って、ティーカップに手を伸ばす。
「あぁ、それから」
思い出したようにマキさんが言う。
「髪色はとても大事よ。髪は〈私〉なんだから」
そう言って、今日初めて微笑んだ。
佐々木ののか
作家。1990年北海道生まれ。愛することや誰かとともに生きることをテーマに執筆を続け
ながら、馬1頭、猫2匹と山の中で暮らす。著書に『愛と家族を探して』『自分を愛すると
いうこと(あるいは幸福について)』(ともに亜紀書房)がある。