『女性らしさを演出するには、毛先のまとまりを意識しましょう』
スマホのなかから、美容系インフルエンサーが語りかけてくる。妙に明るく振るまうその声にうんざりしながら毛先を見て、四方八方に散らばった枝毛を探し出す。枝毛を裂いたって痛みはない、でも何故かヒリヒリと自分を傷つけている気持ちになる。たった1本の髪ですらまとまらない、そんな自分に冷たい目を向けながら。
髪を伸ばし始めたのは、当時の彼女の真奈美の好みに合わせたかったから。「ボーイッシュ女は好きじゃない、女らしい女が好きだ」とはっきり言われて、フェミニンな女を目指した。同性同士で付き合ってるのに「男らしい」とか「女らしい」とかアホか!とむかつく気持ちはグッと堪えた。だって彼女の好きな姿になりたかったから。
言われたとおり伸ばした髪はとにかく首にまとわりついて、鬱陶しくて仕方なかった。はかされたパンプスは靴ずれを起こすし、スカートは股下が薄ら寒い。それでも真奈美の喜ぶ顔が見たくて、精一杯、頑張っていた。
そう、「頑張っていた」のだ。去年の冬までは。
クリスマスの当日、突然「好きな人ができた」と振られた。そんな真奈美の次の恋人は、いわゆる"ボーイッシュ"な女だった。バーテンダーとして働く姿に一目惚れをしたらしい。あっけなく終わった私の2年間。
好みの「女らしさ」を押し付けてきたわりに、結局は私のことをそんなに好きではなかったのだ。いや、逆か。私のことを受け止める気がなかったから、らしさを押し付けてきたのか。悔しい、気がつけなかった。
別れてから1年ものあいだ髪を切れなかったのは、真奈美と付き合っているあいだで「自分についてきた嘘」にフタをしたかったから。でももう嘘をつく必要はない。私のことを好きじゃなかった人に、これ以上思いを馳せる必要もない。だから私は、嘘をついてきた分だけ伸びたこの髪を切ろうとおもった。
さようなら、枝毛。
さようなら、私の嘘。
さようなら、真奈美。
思い切ってピクシーショートにしてみた。やっと嘘をつかずに済んだような気持ちになれた。恋を失ったから髪を切ったんじゃない。新しい自分に出会いたくて切る髪もあるはず。
朝の支度、鏡の前。この時間が一番好き。クールな自分を演出したくって、束感のある毛先を作っていく。刈り上げた後頭部は肌寒いけれど、頭皮に当たる風が心地いい。背筋を伸ばして、生きていこう。
みたらし加奈
大学院卒業後、総合病院の精神科に勤務。専門家と共に性被害や性的同意に関する情報を発信するメディア『mimosas(ミモザ)』の代表副理事も務めている。現在は国際心理支援協会に勤務しながら、メディアにも出演し、SNSを通して精神疾患やLGBTQに関する情報を広める活動を行っている。